近畿

「日本第1の都市」だった大阪、これからはどうするの?

大阪城天守閣からの景色の画像

 

大阪都構想の住民投票が否決された後、大阪にGo Toして大阪の歴史について勉強してきたので、そこで学んだことと考えたことについてまとめておきます。

 

大阪歴史博物館の画像

 

一言で言うと「大阪っていう都市は輝いていた時期が過去に何度もあった」っていうことを学んだ、、、

 

んだけど、

 

それと同時に、「これからの大阪は一体何を強みにして、どうやって人を集めていくんだろう?」っていうことを考えさせられました。

※何をもって「輝いていた」って言うのか?っていう細かいことは置いておいて、とりあえず「人が集まる魅力的な都市だった」くらいの意味で捉えてください。

 

では、まずは大阪のざっくりとした歴史をまとめます。

 

 

古代の大阪

古代の大阪は、日本の都があった場所でした(難波宮)。

飛鳥の朝廷で権力をふるっていた蘇我氏が滅ぼされた後、新しい政治を行うために645年に飛鳥から難波に遷都が行われたのでした(大化の改新)。

 

大阪はまさに!輝いていた!!都市だったわけです。

 

大阪歴史博物館から見る難波宮跡地
↑奥に見えるのが難波宮の跡地です。

 

なんで大阪が選ばれたのか?というと、海が近くにある&川が流れているという理由で水上交通の要地だったからでしょう。

 

その後、難波宮は廃止されてしまうのですが、大阪が輝いた都市だったという事実は消えません。これが1回目。

 

 

中世の大阪

2回目は中世です。

大阪は、宗教都市として輝いたのです。

 

難波宮がなくなった後、大阪の町の中心となったのが四天王寺。さらに15世紀の終わりごろには、石山本願寺が大阪にできました。

 

石山本願寺の模型の画像

 

石山本願寺は本願寺教団の本山として、戦国時代最大の宗教的武装勢力となりました。

織田信長が石山本願寺の一向一揆と戦った石山合戦が1570年〜1580年と約10年も続いたことからも、石山本願寺の勢力が強力だったことがうかがい知れます。

これが2回目の輝き。

 

その後、一向一揆は石山本願寺から退去し、石山本願寺の跡地には羽柴秀吉(豊臣秀吉)によって大坂城が建設されました。

 

石山本願寺の跡地の画像
↑大阪城の敷地の中に石山本願寺推定地があります。

 

 

近世の大阪

3回目は近世です。

有名な「天下の台所」ってやつですね。

大阪は、商業都市として輝いたのです。

水上交通が整備されていた大坂は、各地からの商品を集めるのに便利な場所だったので、各地の大名は大坂に蔵屋敷を設けて年貢米や特産物を運び込み、販売しました。

 

蔵屋敷の模型の画像
↑蔵屋敷の模型です。

 

こうして大坂は日本全国の商業の中心として輝いたのです。これが3回目。

 

 

近代の大阪

4回目と5回目は近代です。

 

江戸時代が終わった頃、大阪の経済は一時的に落ち込んでしまったのですが、明治新政府が造幣寮と砲兵工廠を大阪に建設したのをきっかけに再生に向かいました。

 

砲兵工廠の画像
↑砲兵工廠

 

また、民間の大阪紡績会社も成功をおさめ、大型船が入港できるように港の整備も進められて造船所が建設されました。

近代の大阪は、「東洋のマンチェスター」と呼ばれるほど、産業都市として輝いたのです。これが4回目。

 

 

 

1920年代ごろには、昔からの古い町並みを新しい時代に合わせて造りかえる都市計画が実行され、近代建築がそびえ立つ近代都市として整備されていきました。この時代を「大大阪の時代」と呼びます。

 

大大阪の時代の画像

 

ちょうど時期を同じくして1923年に関東大震災が発生し、東京が壊滅的な打撃を受けてしまったのもあり、大阪は本当に日本一の都市になったのです。これが5回目の輝き。

 

しかし、日本は太平洋戦争に突入します。1945年の大阪大空襲によって町の約1/3が消失し、1万人以上の命が失われることとなりました。

 

 

現代の大阪

そして現代。

 

人々の努力によって戦後に急速に復興を遂げ、1970年には大阪万博が開催されるまでになりました。

この万国博覧会は、大阪だけでなく日本全体にとって、第二次世界大戦からの復興を象徴する出来事となったのです。

 

 

だけど。

 

1970年の大阪万博以降、大阪は日本の「第2の都市」でありながら、東京と大きな差をつけられることになってしまいました

 

三大都市圏及び地方圏における人口移動の推移のグラフ
引用:東京一極集中の動向と要因について

 

 

 

そして2020年11月1日、大阪市を廃止し特別区を設置することについての投票が行われました。

この住民投票は、実質的には「大阪府と大阪市が一体となって(=大阪府と大阪市の二重行政を解消して)大阪の成長戦略を進める大阪都構想」の是非を問うものでした。

結果は僅差で否決。大阪市民は「No!」と言ったのです。

 

 

僕には、大阪都構想が実現した上で大阪の成長戦略を進めた方が良かったのか、それとも今のまま大阪の成長戦略を進める方が良いのか、はわかりません。

大阪都構想の実現がすなわち大阪の成長に結びつくわけではないと思いますし、大阪府と大阪市の二重行政が解消されないと大阪は成長できない!ってわけでもないと思うからです。

 

ただ、一つ間違いないのは、1970年以降、大阪と東京の差はどんどん広がっているということ。

 

 

大阪城天守閣からの景色の画像

 

大阪は、輝いていた時期が過去に何度もあった!日本を代表する「第2の都市」ですが、、、

 

これからの大阪は一体何を強みにして、どうやって人を集めていくんでしょうか?

…それを考えるのは誰なのでしょうか?

 

政治家?役所の公務員?大阪府民?大阪市民?

 

。。。

 

 

 

ちなみに、今回僕は大阪歴史博物館っていうところに行ったんですけど、ここはほんとおすすめです!

 

大阪歴史博物館のチケットの画像

 

大阪城から徒歩10分くらいの場所にあって、大阪城の天守閣観覧とセットで1,000円!すっごいお得!

大阪っていう「第2の都市」について考える良いきっかけになると思いますので、大阪観光に行った際はぜひ立ち寄ってみてください!

 

んじゃ、またねー!